韓国と北朝鮮、もはや同じ民族ではない?―世界の民族紛争、民族問題から考える朝鮮半島


今月の北朝鮮による韓国への砲撃に、韓国人は「同じ民族なのに」「同じ民族だとは思えない」などと嘆いているようです。
http://www.asahi.com/special/08001/TKY201011240478.html


日本人の知人は、ツイッターで「同じ民族同士が争うことほど悲しいことはない」とつぶやいていました。


しかし、それらの反応に、私は違和感を覚えます。
人類史では、日本を含め、同じ民族同士が争うことなど、いくらでもあったからです。
「民族」の定義には様々なものがあるでしょうが、ここでは「共通の文化(言語、宗教および生活様式など)により一体感を持つ人々の集団」とします。


韓国と北朝鮮の人々は同じ民族(朝鮮民族)とされますが、必ずしも一体感があるとは言えない状態です。金正日を神のごとくあがめる世界観は、韓国人とは全く異なるからです。韓国と北朝鮮の言語は、日本語の共通語と関西方言ほど違うとも言われます。
北朝鮮の一般民衆は必ずしも「洗脳状態」ではなく、意識が相当変化しているとの情報もありますが、少なくとも軍人の金正日への忠誠心は、ほとんど揺らいでいないのではないでしょうか。
軍事アナリスト・小川和久氏は「北崩壊後に懸念される半島の内戦状態」と述べていますが、南北の一体感の欠如は、今後の深刻なリスクを予感させます。
http://twitter.com/kazuhisa_ogawa/status/7027861772832768


朝鮮民族以外の民族の実態を調べると、複数の集団間の差異がほとんどなくても「別々の民族」とされることもあれば、異なる様々な言語を用いる人々の集団が「ひとつの民族」とされることもあります。


アフリカ・ルワンダフツ族およびツチ族は、もともと同じ民族だったのが、生業の違い(農耕または牧畜)で別々の民族とされるようになったと考えられています。それでも、同じ言語を話す隣人同士でしたが、ドイツおよびベルギーによる植民地支配が要因で生じた激しい対立は、大量虐殺にまで発展しました。


ユーゴスラビアセルビア人およびクロアチア人も、ほぼ同じ言語(セルビアクロアチア語)を話します。宗教は、セルビア人が東方正教会クロアチア人がカトリック教会で、教派は異なるものの同じキリスト教です。セルビア語はキリル文字を、クロアチア語ラテン文字(ローマ字)を用いる以外には、大きな違いはありません。
ユーゴスラビアの構成国のひとつであるボスニア・ヘルツェゴビナは、主に、ムスリム人、セルビア人、クロアチア人から構成されます。ムスリム人とは、オスマン帝国の統治下でイスラムに改宗したセルビア人およびクロアチア人です。言語はセルビア人およびクロアチア人と同じで、ラテン文字を用いますが、近年はボスニア語と呼ぶようです。セルビア人およびクロアチア人とは宗教の違いしかないのに「別個の民族」とされるのは、世界的にも珍しいでしょう。旧ユーゴスラビア紛争(主にボスニア・ヘルツェゴビナ)でも、同じ地域に混住する、言葉も外見もほとんど差異のない人々が、互いに相手を追放または虐殺する「民族浄化」が行なわれました。


イラクは、人口の8割がアラブ人で、残り2割の大部分はイラン系クルド人です。宗教は、ほぼイスラムのみで、シーア派およびスンニ派が6対4の割合です。イラク戦争後、アラブ人は、言語および宗教が同じであるにもかかわらず、教派の違いで対立し、イラクは事実上の内戦状態になりました。


一方、ユダヤ人は、世界中の様々な国または地域で暮らし、様々な言語を話しているのに、ユダヤ教のみの共有で「同じ民族」と見なされます。「ユダヤ人ではなく、ユダヤ教徒と呼ぶべきだ」とする意見もあるようですが。
ヨーロッパ各地では、現地の人々と同じ言語を話し、恐らく外見も特に差異はないのにもかかわらず、キリスト教徒から何度も酷い迫害を受けました。それが、ナチスによるホロコーストを生む土壌にもなりました。


中国の人口の大部分を占める漢民族は、周辺に住む多数の異民族を取り込んで、同化させてきた歴史があります。同じ中国語を用いるとされますが、多様な方言があり、同一の方言グループであっても互いに意思疎通ができない場合さえあるそうです。
それでも、二千年以上もの間ひとつの国家を維持している(統一されていない時期もありましたが)最大の要因は、帝政の崩壊以降も民主的な政権が一度も誕生しなかったことでしょう。


現在、沖縄の人々は、アイヌのように「先住民族」ではなく「日本民族の一部」とされていますが、世界の諸民族の歴史を鑑みると、「琉球民族」(沖縄民族)と解釈することもできそうです。
言語学で、沖縄の言語と日本本土の言語は、共通の祖語から分かれて発展したと考えられています。すなわち、日本語は「本土方言」「沖縄方言」に大別され、本土方言が「東北方言」「関東方言」「関西方言」「九州方言」などに分かれ、その下位分類として更に小規模の地域の方言があるとされるのです。沖縄方言にも、島によって異なる多数の方言があります。
でも、沖縄は、江戸時代まで独立国「琉球」でした。琉球の君主は、朝鮮半島の君主と同様、中国皇帝の冊封を受けて王となったことにも表れているように、中国との関係が深く、中国とも日本とも異なる独自の文化を持っていました。
沖縄方言を、日本語ではない「琉球語」(沖縄語)とするのであれば、日本民族ではない「琉球民族」(沖縄民族)と考えることができます。


こうして見ると、民族という概念が、いかに曖昧なものかが分かります。
また、「民族の一体感」をもたらすものは、言語はもちろんですが、宗教が相当重要であることに気が付きます。
世界的に特殊な宗教行動をとる日本人には、理解しにくいかもしれませんが。
http://d.hatena.ne.jp/psw_yokohama/20091227/p1


金日成および金正日を崇拝する人々の心理は、カルトの信者に酷似しているはずです。
日本では、オウム真理教地下鉄サリン事件などの多数の犯罪を引き起こしました。他にも、世界基督教統一神霊協会統一教会統一協会)が霊感商法を行ない、その莫大な被害額から「戦後最大の消費者被害」とも言われています。
http://d.hatena.ne.jp/psw_yokohama/20090614/p1


国内のサブシステムであるカルトでも反社会的行為を繰り返すのですから、軍事境界線で隔てられた韓国と北朝鮮では、一体感は限りなく希薄になっていると考えるべきでしょう。
相手を「自分と同じ人間」と認めないために虐殺する悲劇が、朝鮮半島でも再現される恐れがあるのです。


「外部」からは言語などの文化を共有しているように見えても、その「内部」の人々の一部が、自分たち以外の「内部」の人々を「自分たちとは違う」と判断したとき、その相手に対して、どこまでも残虐な仕打ちを行なえるようになるということは、歴史が証明しています。
米軍兵士の戦闘訓練では、敵を「自分と同じ人間」と思わせないことで、殺害への抵抗感を少なくする方法が採られています。これは「優秀な兵士の育成」には適切なのでしょうが、訓練を受ける兵士も被害者です。


映画「シンドラーのリスト」のオスカー・シンドラーは、ナチス支配下での、ユダヤ人を人間扱いしない社会状況にあっても、ユダヤ人を「自分と同じ人間」として尊重し、シンドラーと、彼が命を救ったユダヤ人たちとの交流は、シンドラーが亡くなるまで続いたそうです。


人間には「似た者同士だからこそ、小さな差異が非常に気になる」という心理もあるようですが、悲劇を避けるためには「相手と自分の差異」よりも「相手と自分の共通点」に目を向けるべきだということが、歴史の教訓なのです。
この教訓を朝鮮半島で活かせるかと訊かれれば、北朝鮮の現状を鑑みると、難しいと答えざるを得ませんが…