なぜTPPは危険なのか(4)


2011年11月06日付けの精神科医斎藤環氏のコラム(毎日新聞)より。

 例えばTPPで日本の農業が破壊されるという意見がある一方で、過保護な農業政策は一回厳しい競争にさらされればいいのだという意見もある。すでにこの種の議論において、「事実」や「現場」に即した議論の限界が露呈しているのではないか。相容(あいい)れない事実や経験が乱立している場合、一歩引いた視点から全体の構図を眺めておくことも無意味ではないだろう。

 歴史人類学者のエマニュエル・トッドは、近著「自由貿易は、民主主義を滅ぼす」(藤原書店)において、まさにTPP的な貿易のあり方に強く警鐘を鳴らしている。

 自由貿易で国外市場へ向けた生産が増えれば、企業のコスト意識が高まり、国内の労働者に支払われる賃金もコストカットの対象となる。労働力が低賃金ですむ中国などに集中した結果、どの国でも給与水準が低下し、国内需要が不足しはじめる。それゆえ自由貿易固執し続ければ、社会の不平等と格差は拡大し、優遇された超富裕層が社会を支配することになる。かくして、自由主義が民主主義を破壊するという逆説が起こる。

 こうしたトッドの見立てが真実ならば、TPP反対運動と、例えば「ウォール街を占拠せよ」と名付けられたニューヨークデモにおける人々の主張とは、格差社会への抗議と民主主義の擁護という点で一致することになるだろう。

 ラカンマルクス主義者という奇妙な肩書を持つ思想家スラヴォイ・ジジェクは、ニューヨークデモにおける演説でこう述べている。「常に金持ちのための社会主義が存在する。彼らは私たちが私的財産を尊重しないと非難するが、2008年の経済破綻で毀損(きそん)された私有財産の規模は、私たちが何週間も休みなく破壊活動にいそしんだとしても及びもつかない」(http://www.imposemagazine.com/bytes/slavoj-zizek-at-occupy-wall-street-transcript)

 そう、自由主義経済の名の下で、政治は富裕層だけに徹底した保護を与えようとする。多様な危機的状況の中でも、最も迅速に政治的介入がなされるべき危機こそが「経済危機」であるからだ。

(中略)

 政治的立場の違いにもかかわらず、ジジェクとトッドの主張が構造的に似かよってしまうこと。なんと、資本主義と自由貿易がゆきつく“理想の体制”が中国である、というアイロニーまで同じなのだ。

 確かにジジェクが言うように、資本主義と民主主義の結婚は終わりつつあるのだろう。資本主義(≒自由貿易)が最もその矛盾(恐慌)に直面することなく、安定的に富を生み出すシステムモデルが、現代中国のような統制された超格差社会であるとすれば。アメリカや欧州連合(EU)、そして日本が富裕層のための社会主義国家に変貌するのも遠い未来のことではないのかもしれない。

 この流れを反転させるべく、ジジェクは「コミュニズムへの回帰」を、トッドは「プラグマティックな保護主義」を提唱する。現実性という点から言えば、トッドの立場に分があるようにも思われる。いずれにせよ二人に共通するのは、システムよりも個人を、つまり壁より卵を擁護する立場だけは決して譲るまい、という覚悟のほうだ。

 それがどのような名前で呼ばれようと構わないが、私も彼らの側に立ちたい。ならば答えは自(おの)ずと明らかだ。私は日本のTPP参加に反対である。

http://mainichi.jp/opinion/news/20111106ddm002070084000c.html


「資本主義、自由主義による民主主義の破壊」については、映画監督・想田和弘氏も指摘しています。
http://documentary-campaign.blogspot.jp/2013/03/tpp.html
http://documentary-campaign.blogspot.jp/2013/03/tpp_16.html


自由貿易固執し続け」「社会の不平等と格差は拡大し、優遇された超富裕層が社会を支配する」状況が実現しつつある(実現した?)のが、アメリカ社会なのでしょう。
NHKBS世界のドキュメンタリー」の「パーク・アベニュー 格差社会アメリカ」では、自分たちが優遇されるように政治を歪める「超富裕層」の姿などが描かれています。これは明日深夜(正確には明後日)再放送されます。お薦めです。
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/121129.html


TPPは、国民の生活を守るために必要な規制を行なう自由まで奪われるリスクが高いものです。
アメリカに拠点を置く多国籍企業には都合が良くても、それ以外の大多数の人々にとっては、生存権すら脅かされ、ただ搾取され続ける社会になりかねないのです。


東京新聞の記事は、そのようなリスクを報じています。


17日

 安倍晋三首相は十五日、環太平洋連携協定(TPP)の交渉参加を正式表明した。しかし、水面下で行われてきた日米の事前協議では一貫して米国ペースだった。本交渉では、後発参加国に不利な条件が課せられることは首相自身も認めるが、既に「不平等」は現実になっている。
(中略)
 政権交代し安倍政権になっても米優位の構図は変わらない。首脳会談で合意した共同文書の最終段落には米側が要求する「自動車」「保険」問題を解決することが明記された。
 首相はこの文書で「聖域が守られた」と主張するが、最終段落の表現は、米国ペースで進んだ事前協議の「集大成」ともいえる。カトラー代表補は三月二日に来日。十日間ほどの交渉の結果、日本は、米側が求めてきた自動車の関税維持要求を、受け入れた。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2013031702000100.html


17日

チェックTPP<1>ISDS条項 企業と国家の紛争解決
(中略)
 A 日本の政府や自治体、企業にも影響がある制度なんだ。ISDS(国家と投資家の間の紛争解決=図参照)条項と呼ばれる。
 外国企業(投資家)が、進出先の政府が法律や規則を不当に変更したことによって損害を受けたと考えた場合に、政府や自治体を訴え、賠償金を得ることができる制度だ。企業の立場からみると、進出した国の裁判所で訴えると、不利な判決を受ける恐れがある。ISDS条項の制度では、企業は国連や世界銀行傘下の第三者機関に訴えることになる。
 Q この条項が入ることは決まったの?
 A 交渉内容が公表されていないので詳細は不明だが、参加国のうち豪州は反対の立場だ。訴訟大国の米国が、訴訟を乱用するのではと警戒している
 日本国内でも「訴訟が乱発されれば、環境規制や食品の安全規制などが脅かされる」と心配する声が上がる。米国企業が北米自由貿易協定(NAFTA)にあるISDS条項を使い、カナダ政府とメキシコ政府を訴えて多額の賠償金を得たり、米国と自由貿易協定(FTA)を結ぶ韓国政府が米国企業に提訴されたことが背景にある。
 ただ、企業側は政府の差別的対応で被害を受けたことを具体的に証明する必要がある。米企業が敗訴する例も少なくない。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/economic_confe/list/CK2013031702100003.html


18日

チェックTPP<2>食卓への影響 安全基準 低下の恐れ
(中略)
 Q たくさんの輸入農産物の価格が下がるなんて、お財布にやさしいね。
 A そうでもないかもしれないな。花や綿などはすでに関税ゼロだ。輸入農産物全品目の中で関税が「ゼロ」の品目は24%、「0%超〜20%以下」は48%を占めている。つまり、七割超の農産品がすでに関税20%以下なんだ。輸入農産物の今の平均関税率は11・7%で、値下げ余地は意外と狭い。
(中略)
 A 価格が安くなるのは、ありがたいことだね。ただ、食の安全から考えると手放しで喜んでばかりはいられないよ。食品の安全基準は、国ごとに異なっている。これをどうそろえるか、ということもTPP交渉の重大なテーマなんだ。
 日本やTPP交渉に参加するオーストラリア、ニュージーランドは総じて食品安全基準が高いからいいが、途上国では安全への意識がそれほど高くない。米国のように大規模農場で農薬を大量に使い生産する国も、日本と安全基準は異なる。交渉を通じて、日本よりも低い安全基準に統一されれば、食の安全に対する不安は高まるだろうね。
 Q 具体的にどんな違いがあるの。
 A 例えば遺伝子組み換え食品の扱いだ。日本は遺伝子組み換え食品の身体への影響が読み切れないので、この技術を使った食品の表示を義務付けている。だが、遺伝子組み換え食品の生産を増やしたい米国は日本が行う表示義務廃止を求めそうだ。食品添加物でも違いはある。日本では約八百種類しか使用が認められないが、米国では三千種類も使うことができる。米国は農薬残留基準も日本の六十〜八十倍も緩い。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/economic_confe/list/CK2013031802100006.html


20日

チェックTPP<3>農畜産物 乳製品や砂糖打撃
(中略)
 環太平洋連携協定(TPP)に参加した場合、政府は最悪のケースで農産物の生産額が三兆円減少するとの試算を出した。万が一、コメや乳製品など重要品目の関税が撤廃・削減されると、高い関税で守られてきた農畜産物には大きな影響が及ぶことになる。
 Q どうして高い関税で国内の農畜産物を守っているの。
 A コメや砂糖など100%超の高い関税で守られている農畜産物は、裏を返せば価格競争力が弱いということだ。こうした農畜産物は、大規模農場や低賃金の労働者を使って大量生産する外国産の方が安く、関税が撤廃されると外国産が市場を席巻するかもしれない。
 農林水産省の調べでは、TPP交渉参加国のオーストラリアの平均農地面積は、日本の千三百倍の約三千ヘクタール、米国が七十五倍の約百七十ヘクタールと桁違い。
 日本の水田は農家当たり一〜二ヘクタール程度と狭く、生産コストは外国産にはかなわない。安い外国産のコメが大量に輸入されると、国内のコメ農家はやっていけないと関係者は危機感を強めている。
(中略)
 Q 輸入品と差別化が難しい農産物はどうなるの。
 A 例えば砂糖は、外国産と見た目や味で差はつきにくく、産地で砂糖を選ぶ消費者も少ない。だから現在、328%の関税が撤廃されると、政府は全量が輸入品に置き換わると試算している。
 砂糖の原料はテンサイやサトウキビで、産地の北海道、沖縄県、鹿児島県にとっては、気候条件などからほかの作物への変更は難しい。農業だけではなく地元の関連産業や雇用に大きな影響を与えることになる。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/economic_confe/list/CK2013032002000133.html